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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)269号 判決

東京都港区芝3丁目12番4号

原告

岩崎電気株式会社

代表者代表取締役

岩崎満夫

訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

峰裕治

山口隆生

奥村寿一

主文

特許庁が昭和62年審判第8536号事件について平成2年9月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和50年4月16日にした特許出願(特願昭50-45188号)を、昭和60年5月1日に特許法44条1項の規定により分割特許出願した(発明の名称は「高圧ナトリウムランプ」である。以下「本願発明」という。)が、昭和62年4月21日に拒絶査定を受けたので、同年5月21日に審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第8536号事件として審理し、昭和63年10月4日出願公告したが、特許異議の申立てがあり、平成2年9月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

2  本願発明の要旨

両端に電極を備えた透光性セラミック管の内部にナトリウム及び水銀と共にキセノンガスが約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう約100torr以上のキセノンガス圧力で封入されそして壁面負荷が15-30W/cm2の範囲に選定されている発光管、ランプを起動するための高電圧パルスを発生する手段、及び電源電圧200Vに対し130V±10Vのランプ電圧を形成する安定器とからなる高圧ナトリウムランプ。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、特開昭49-84085号公報(本訴における甲第4号証、以下「第1引例」という。)には、耐熱、耐蝕性に優れたアルミナなどの透光性絶縁材(セラミック)からなる発光管に不活性ガスと共に封入金属の水銀及びナトリウムを封入し、不活性ガスの封入はキセノンガスを30~300mmHgの封入圧とした高圧ナトリウムラ プが記載されている。また、不活性ガスであるキセノンガスの封入圧を高めると発光効率が向上すること、及び同じく始動電圧も上昇することが記載されている。特公昭49-11818号公報(本訴における甲第5号証、以下「第2引例」という。)には、アルミナのような透光性セラミックを用いた発光管内にナトリウム、水銀及びキセノンガスを封入した高圧ナトリウムランプにおいて、発光管の管壁負荷を15~28W/cm2とすることが記載されている。そして、その下限はナトリウム蒸気圧を所定値以上に保持する値であり、上限は管壁温度が1300℃を超えないようにする値であることが記載されている。「JOURNAL of Science & Technology Vo1.37、No1」の第35ないし第40頁(本訴における甲第6号証、以下「第3引例」という。)には、高圧ナトリウムランプを高電圧パルス発生装置(インダクタンス(安定器)とバイメタルスイッチ)を使用して起動することが記載されている。

(3)  本願発明と第1引例に記載されたものを対比すると、同引例の発光管が両端に電極を備えていることは明らかであり、両者は、両端に電極を備えた透光性セラミック管の内部にナトリウム及び水銀と共にキセノンガスが約100torr以上の圧力で封入された高圧ナトリウムランプである点で一致している。そして、両者は、本願発明が、〈1〉発光管の壁面負荷を15~30W/cm2の範囲に選定し、〈2〉ランプを起動するための高電圧パルスを発生する手段を有し、〈3〉約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるようにし、〈4〉電源電圧200Vに対し130V±10Vのランプ電圧を形成する安定器を用いるのに対し、第1引例にはそれらについて記載されていない点で相違している。

(4)  そこで、上記〈1〉ないし〈4〉の相違点について検討する。

〈1〉 相違点〈1〉について

第2引例に記載されているようにアルミナなどの透光性セラミック発光管を用いた高圧ナトリウムランプにおける公知な設計事項の単なる適用にすぎないものと認められる。

〈2〉 相違点〈2〉について

第3引例に記載されているように高圧ナトリウムランプの起動における慣用手段の単なる適用にすぎないものと認められる。

〈3〉 相違点〈3〉及び〈4〉について

(a) 相違点〈3〉の構成は、本願発明の高圧ナトリウムランプのランプ電圧(130V)と立消電圧(180V)の値をキセノンガスの封入圧との関連で記載したものと認められるが、その値は、本願の明細書にも記載しているように周知な電源電圧200V用の水銀ランプの規格値(JIS、C7604参照)である。

そして、上記値は、水銀ランプ用の安定器を用いて高圧ナトリウムランプを点灯するための自明の設計条件にすぎない。このことは相違点〈4〉についても同様である。

(b) そして、高圧ナトリウムランプを水銀ランプ用の安定器を用いて点灯することは、例えば、「Light and Lighting・1969年3月発行」(本訴における甲第7号証)の第84ないし第89頁に記載されているように周知なことである。即ち、上記周知例には、電源電圧220V、400Wの水銀ランプ用安定器を高圧ナトリウムランプに適用した例がランプ電圧等と共に記載されているが、電源電圧、ランプ電圧等の値が本願発明のものと相違し、また、キセノンガスの封入圧も記載されていない。

しかし、この例における高圧ナトリウムランプのランプ電圧及び立消電圧が電源電圧220V用の水銀ランプのランプ電圧等の規格値と一致したものであることは明らかである。

(c) 本願発明では、ランプ電圧及び立消電圧をキセノンガスの封入圧と関連させて記載しているが、ランプ電圧及び立消電圧はキセノンガスの封入圧にのみ関連するものではなく、例えば「電気学会、光源・関連装置研究会資料、LS-71-4、1971、8、25」(本訴における甲第8号証)及び「昭和47年照明学会全国大会講演論文集、第10頁」(本訴における甲第9号証)に、高圧ナトリウムランプのランプ電圧及び立消電圧が封入金属であるナトリウムアマルガム組成や、ランプ最冷点の温度等と密接に関連していることが記載されている。さらに、キセノンガスの封入圧もランプ電圧等のみと関連するものではなく、本願の明細書や第1引例にも記載されているように発光効率の向上と密接に関連している。

つまり、高圧ナトリウムランプのランプ電圧及び立消電圧はキセノンガス圧と共にナトリウムアマルガム組成等の設計事項(値)の選定により達成される設計条件であり、また、キセノンガスの封入圧値はランプ電圧等の設計条件と共に発光効率の向上等の設計条件の達成のために選定 れる設計事項と認められる。

そして、本願発明におけるキセノンガス封入圧100torr以上、壁面負荷が15-30W/cm2の要件で「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下」の条件が達成されるということは、キセノンガス封入圧100torr以上の要件を充足する第1引例に記載されたものを第2引例に記載された自明な管壁負荷の設計値を適用して構成したものが本願発明の上記条件(ランプ電圧等)を達成するものであるということである。

〈4〉 してみると、本願発明は、第1引例に記載されているように公知なキセノンガス封入圧の範囲の高圧ナトリウムランプに対し、第2引例に記載されているように公知の管壁負荷の設計値を適用し、前記周知例に記載されているように水銀ランプ用安定器を用いて点灯する周知な使用態様を適用し、第3引例に記載されているような慣用手段の起動方式を適用し、特に電源電圧200Vで適用することを提示し、これを、その場合のランプや安定器について必要な周知の設計条件(ランプ電圧等についての規格値)と共に記述したものと認められる。即ち、本願発明は、第1ないし第3引例及び周知例に記載された事項の単なる寄せ集めにすぎない。

(5)  したがって、本願発明は、第1ないし第3引例に記載された事項及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)、(3)及び(4)〈1〉、〈2〉は認める(但し、同(3)につき、本願発明における「キセノンガスが約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう約100torr以上のキセノンガス圧力で封入され」という構成を、「キセノンガスが約100torr以上のキセノンガス圧力で封入され」ることと、「約1 0V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう」にしたこととの関連を看過誤認し、両者を分断して、一致点及び相違点の認定に供したことは争う。)。同(4)〈3〉(a)のうち第1段は認め、第2段は争う。同(b)のうち第1段は認め、第2段は争う。同(c)のうち第1段は認め、第2段、第3段は争う。同(4)〈4〉のうち相違点〈1〉及び〈2〉に関する部分は認めるが、その余は争う。同(5)は争う。

本願発明と第1引例に記載されたものは、キセノンガスが約100torr以上の圧力で封入されている点で一致しているが、両者がキセノンガスを上記圧力で封入している技術的意義及びそれによってもたらされる作用効果は相違しているにもかかわらず、審決は、この点を看過誤認して、本願発明の進歩性を否定したものであって違法である。

(1)  従来、高圧ナトリウムランプの発光効率は一般の水銀ランプの2倍以上であるという反面、水銀ランプ用安定器に比較して大形で高価な専用安定器が必要とされていた。その理由は、水銀ランプに比べ再点弧電圧(立消電圧)が高くなるため、その分ランプ電圧を下げなければならないからである。したがって、本願発明の課題は、比較的小形・安価な一般の水銀ランプ用安定器をそのまま使用することのできる高圧ナトリウムランプを提供することにある。

本願発明は、本願第4図に示されているような、キセノンガス封入圧と立消電圧との間に関連性があることの実験結果を得、キセノンガス封入圧を高めることで立消電圧が顕著に低下する現象を見い出し、この現象に基づいて本願発明の上記課題の達成を試みたもので、本願発明のランプ構成にあっては、ランプ電圧を水銀ランプ並みの130V以上に設定し、その場合でも立消電圧が水銀ランプのそれと同様180V以下になるべく、即ち約130V以上のランプ電圧に対して立消電圧が180V以下になるようキセノンガスを約100torrに封入するという手法を採用したものである。

上記のような本願発明の内容からして、本願発明の特許請求の範囲に記載の、「キセノンガスが約100torr以上の圧力で封入され」ることと、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう」にしたこととは、所定のランプ電圧に対し所望の立消電圧特性をキセノンガス封入圧の選定によって実現するという1つの技術的事項を規定しているものである。したがって、それらは関連をもって初めて技術的に認識され得る1つの 項、即ち特許請求の範囲に記載されているように、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう約100torr以上のキセノンガス圧力で封入され」るということであって、本願発明は予め100torr以上にキセノンガス圧を選定して、それから何らかの別の手法を採用して、別途約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下となるようにしたものではない。

(2)  一方、第1引例は、比較的小形で大電力のナトリウムランプを作るに当たって、発光管内径を大きくする際に伴う発光効率の低下の問題に向けられ、発光管内径を9mmφ以上としても不活性ガスの封入圧及び封入金属の組成等を適当に選定すれば、従来のものに比して発光効率が低下しないことを究明したものである(甲第4号証第2頁左上欄17行ないし右上欄11行)。そして、上記課題を達成するナトリウムランプを、その特許請求の範囲及び甲第4号証の第3頁右上欄5行ないし11行に記載のように、不活性ガス(キセノンガス)の封入圧を30~300mmHg(torr)の範囲で、発光管内径が9~15mmφのものについてはナトリウムを6~45wt%、発光管内径が15~35mmφのものについてはナトリウムを1~22wt%をそれぞれ含む構成としている。この点さらに第1引例の記載を参照すれば、同引例のナトリウムランプにあっては、キセノンガス封入圧とナトリウム組成比はいずれも特定の発光管内径に対し所望の発光効率が得られるように選定されたものと認められる(同号証第2頁左下欄2行ないし第3頁左上欄9行、第2図、第3図)。

上記のとおり、第1引例において、キセノンガスが約100torr以上の圧力で封入されているという点は、発光管内径と発光効率との関連で選定されたものとして述べられており、ランプ電圧又は立消電圧との関連性については何も述べられていない。そして、第1引例のランプ電圧の値は同引例の記載からは明らかではないが、ランプ電圧はキセノンガス封入圧とは独立に別途、例えば最冷点温度の選定、即ち発光管の電極突出長を選定して決められ得るものであるから、同引例の発明において、キセノンガスが100torr以上の圧力で封入されている場合でも、そのランプ電圧が130V以上になっているとはいえず、したがって、キセノンガスが約100torr以上の圧力で封入されていることによって、ランプ電圧130V以上 対し立消電圧が180V以下になるということを結果的にも意味しているわけでもない。

結局、第1引例のキセノンガス封入圧については、本願発明の場合と異なり、ランプ電圧と立消電圧との関連性が何ら認められないものである。

(3)  以上のとおり、「キセノンガスが約100torr以上の圧力で封入される」という事項について、本願発明においては、ランプ電圧と立消電圧に関連して、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう約100torr以上のキセノンガス圧力で封入される」という技術内容で把握されるものであるのに対し、第1引例の発明においては、発光管内径と発光効率に関連して、「特定の発光管内径に対し所望の発光効率になるよう100torr以上のキセノンガス圧で封入される」という異なった技術内容で把握されるべきものなのである。

(4)  審決は、本願発明における「キセノンガスが約100torr以上の圧力で封入され」るという点を第1引例の発明との一致点に含め、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう」にした点を第1引例の発明との相違点〈3〉とした上、この相違点について、審決の理由の要点(4)、〈3〉記載のとおりの理由により、「本願発明におけるキセノンガス封入圧100torr以上、壁面負荷15~30W/cm2の要件で『約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下』の条件が達成されるということは、キセノンガス封入圧100torr以上の要件を充足する第1引例に記載されたものを第2引例に記載された自明な管壁負荷の設計値を適用して構成したものが本願発明の上記条件(ランプ電圧等)を達成するものであるということができる。」としている。

しかし、本願発明においては、キセノンガスの封入圧と立消電圧が関連性を有し、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下」になることは、キセノンガスを約100torr以上の圧力で封入することによって達成されているのであって、ナトリウムアマルガム組成等を特別に選定しているものでないことは明らかである。そして、審決でいうようなナトリウム組成比等の選定という設計手法で、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下」を達成しようとするナトリウムランプは、「National Technical Report」第23巻第4号(甲第15号証)の第557頁右欄下から14行 いし第558頁右欄7行に述べられているように、実用上採用されない程に発光色に問題があるものであって、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下」を100torr以上のキセノンガス圧によって達成している本願発明による発光色が従前のナトリウムランプと同じであるのとは作用効果上も異なったものである。即ち、発光効率という観点だけから100torr以上の圧力でキセノンガスを封入した第1引例の発明に、「約1 0V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下」を達成すべくナトリウム組成比等の選択をするランプでは、本願発明と同一の作用効果を期待することはできなかったのである。

したがって、審決の前記判断は誤りである。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は第1ないし第3引例及び周知例に記載された事項の単なる寄せ集めにすぎず、これらに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

2  反論

原告は、「本願発明は『約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるように100torr以上のガス圧でキセノンガスを封入』したものであるのに対し、第1引例の発明は『特定の発光管内径に対し所望の発光効率になるように100torr以上のガス圧でキセノンガスを封入』したものであって、両者は、キセノンガス封入圧値の技術的意義が異なり、それによって、本願発明は第1引例の発明とは異なる作用効果を有するものである。」旨主張しているが、以下の理由により、この主張は誤りである。

(1)  本願明細書の「したがって第4図より、ランプ電圧130Vで立消電圧180Vのときのキセノンガス封入圧は約80torrであるが、キセノンガス封入圧がこの値以上であるならば、立消を生ずることなく高圧水銀灯用安定器で点灯できる。殊に、ランプ電圧130Vで確実に180V以下が立消電圧とし、バックアーク現象の発生を少なく抑え、しかも1351m/w近くの高い発光効率を得るためには、前記キセノンガス圧を約100torr以上にすることが望ましい。」(甲第2号証第4欄31行ないし40行)という記載をみても明らかなように、本願発明に いて、キセノンガス封入圧を100torr以上にするのは、高い発光効率を得るためであり(立消えとの関係では80torr以上で足りる。)、第1引例のランプも発光効率向上のために100torr以上のキセノンガス封入圧とするのであるから、この点において両者のキセノンガス封入圧値の技術的意義に相違はない。

(2)  キセノンガス封入圧が少なくとも100torr以上であるならば、立消電圧180V以下でランプ電圧130V以上に設定できる特性を有するものであるということは、キセノンガス封入圧が100torr以上のランプが本来有する特性というべきであって、第1引例のランプもこの特性を有するものである。

したがって、第1引例のランプに基づいて、水銀ランプ用の安定器を用いることを目的として設計されたランプ(このようなランプを得ることは甲第5号証ないし第9号証に照らして容易である。)は、本願発明のランプと何ら異なるものではない。

してみれば、本願発明は、第1引例のランプに基づいて、水銀ランプ用の安定器に用いることを目的として設計されたランプに対して、本来有する特性を付加した単なる定義付け、もしくは観点を異にしたというものにすぎず、技術的にも作用効果の点でも全く差異はない。

第4  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりである。(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

(1)  審決の理由の要点(1)、(2)、(3)(但し、本願発明における「キセノンガスが約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう約100torr以上のキセノンガス圧力で封入され」という構成を、「キセノンガスが約100torr以上のキセノンガス圧力で封入され」ることと、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう」にしたこととを分断して、一致点及び相違点の認定に供したことについては争いがある。)、(4)〈1〉、〈2〉、(4)〈3〉のうち(a)の第1段、(b)の第1段、(c)の第1段、(4)〈4〉のうち相違点〈1〉及び〈2〉に対する判断については、当事者間に争いがない。

(2)  上記のとおり、本願発明と第1引例の発明において、いずれもキセノンガスが約100torr以上の圧力で封入されていることは当事者間に争いがないが、キセノンガスが上記圧力で封入されている技術的意義及びその作用効果が争点となっているので、まず、本願発明の内容について検討する。

甲第2号証(本願公告公報)及び第3号証(手続補正書)によれば、次の事実が認められる。

本願発明は、透光性セラミックからなる発光管を備え 高圧ナトリウムランプの改良に関するもので、特に公称200Vの商用電源電圧で、高圧水銀灯に用いられるような安価小形の安定器を用いて立消えを起こさずに確実に点灯させることができるようにした高圧ナトリウムランプに関するものである。

透光性セラミックからなる発光管の内部に、一定量のナトリウムと共にキセノンガスを約20torr前後の圧力で封入した従来報告されている高圧ナトリウムランプは、1201m/w程度の高い発光効率を有するが、反面、点灯時における再点弧電圧が高く、立消電圧が高いため、電流容量の大きい大形の専用安定器を用いて点灯しないと立消えを起こし易い欠点があった。また、点灯直後に電極の加熱が十分でないことに起因して、バックアークと称する電極基部からの放電が生じ、これによって発光管端部の気密シール部が過度に加熱されてリーク発生の原因となるおそれもあった。

本願発明は、ナトリウムの他に水銀を加え、さらにキセノンガスを封入してなる高圧ナトリウムランプにおいて、ランプ電圧との関連において発光管に封入すべきキセノンガスの封入圧、ならびに発光管の壁面負荷を適当な範囲に選択することによって、再点弧電圧ひいては立消電圧が低く、したがって、高圧水銀灯に用いられるような安価小形な安定器を用いても発光管端部のリークが殆ど生じない高圧ナトリウムランプを提供することを目的とするものである。

本願発明の発明者は、キセノンガス封入圧と立消電圧との関係について、別紙図面1の第4図のとおりの実験結果を得、同図から、立消電圧を低くするためにはランプ電圧を小さくし、かつキセノンガスの封入圧を高くすればよいことが判明したが、ランプ電圧を小さくすると、安定器のインピーダンス降下分を大きくしなければならないため、安定器が大形となることから、安定器の小形化を図るた には、ランプ電圧をできるだけ高く設定した上で立消電圧を下げる必要があるという知見を得た。そして、国内では、ランプ印加電圧は200Vであり、かつ±10%の変動があるとみなされていることから、少なくとも180Vのランプ印加電圧で立消えを起こさないように、立消電圧は180V以下とする必要があり、一方、高圧ナトリウムランプを安価小形な高圧水銀灯用安定器で点灯しようとするときは、ランプ電圧を高圧水銀灯と同じ130V±10V する必要があることから、ランプ電圧130Vで確実に180V以下を立消電圧とし、バックアーク現象の発生を少なく抑え、しかも1351m/w近くの高い発光効率を得るためには、キセノンガス圧を約100torr以上にすることが望ましいとの認識のもとに、前示要旨の構成を採用したものであって、これにより前記目的を達成することができたものである。

(3)  次に、第1引例の発明の内容について検討する。

上記(1)の争いのない事実及び甲第4号証(第1引例)によれば、次の事実が認められる。

第1引例の発明は、発光管に封入金属として水銀及びナトリウムを封入した金属蒸気放電灯に関するものであって、その特許請求の範囲は、「耐熱、耐蝕性に優れた透光性絶縁材からなる発光管に不活性ガスとともに封入金属の水銀およびナトリウムを封入し、点灯中の発光管最冷部温度を500~800℃としたものにあって、前記発光管内径を9mmφ以上35mmφ以下とし、かつ前記不活性ガスの封入圧を30~300mmHgとし、前記発光管に封入する前記封入金属の組成を前記発光管の内径が9mmφ以上15mmφ以下のときナトリウムを6~45wt%含むものとし、かつ発光管の内径が15mmφを越え35mmφ以下のときナトリウムを1~22wt%含むものとしたことを特徴とする金属蒸気放電灯。」というものである。

そして、第1引例の発明の詳細な説明には、「この発明は、・・・従来のものに比して発光効率を低下することなく発光管内径を9mmφ以上とし、これによって大電力用のランプとして、また演色性を重視する一般照明用として実用化できる金属蒸気放電灯を提供することを目的とするものである。本発明者は、・・・発光管に不活性ガスとともに水銀およびナトリウムを封入したものにあって、発光管内径9mmφ以上としても、不活性ガスの封入圧および封入金属の組成等を適当に選定すれば、従来のものに比して発光効率が低下しないことを究明した。」(第2頁左上欄17行ないし右上欄11行)、「まず、透光性アルミナ管によって造られ、キセノンガスとともに水銀およびナトリウムを封入した発光管を外管内に組込んでランプとした場合、その封入金属の組成および供給電力を変化することによって発光効率が変化することがわかった。第1図(注 別紙図面2第1図参照)は上記方法で発光管内径8、9、10、15、22、30、35mmφのランプをそれぞれ造り、封入金属の組成および供給電力を変えながら各ランプの最高発光効率を求めたものである。・・・この実験から発光管内径が9mmφ以上のものでは不活性ガスたとえばキセノンガスの封入圧を高めると、発光効率は向上し、しかも管内径が大きいもの程その向上が著しいことが判明した。」(第2頁右上欄13行ないし左下欄9行)、「発光管内径22mmφのランプについて、そのキセノンガスの封入圧を変化しながらその最高発光効率および始動電圧を測定したところ第2図(注 別紙図面2第2図参照)に示す結果を得た。この実験結果から、ランプの最高発光効率は、キセノンガス封入圧が20~50mmHgの間では上記封入圧の上昇にともなって急激に向上し、上記封入圧が50~100mmHgの間でも向上するが、100mmHg近辺でピークに達し、それ以上の封入圧に対しては下降することが判明した。すなわち発光効率はキセノンガスの封入圧を30mmHg以上とすれば、従来のものに比して著しく向上することができるものである。一方、始動電圧も、キセノンガスの封入圧の上昇にともなって上昇するが、・・・始動電圧について考えると、キセノンガス封入圧300mmHgが実用に供し得る限界とみることができる。」(第2頁左下欄12行ないし右下欄11行)、「第3図(注 別紙図面2第3図参照)はキセノンガスの封入圧を100mmHgとし、発光管内径を8、9、10、15、17、25、35mmφとする各発光管の封入金属組成中のナトリウム量に対する発光効率を示したものである。・・・これによると、発光管内径が、9~15mmφのものでは封入金属中のナトリウム組成を7~40wt%の範囲内で適当に選定すれば、発光効率を120lm/W以上にすることができる。」(第2頁右下欄12行ないし第3頁左上欄2行)、「この発明は、発光管に不活性ガスとともに水銀およびナトリウムを封入し、点灯中の発光管最冷部を500~800℃としたものにあって、発光管内径を9~35mmφとした場合、第2図および第3図で明らかにしたように、前記不活性ガスの封入圧を30~300mmHgとし、前記封入金属の組成を前記発光管内径が9mmφ以上15mmφ以下のときナトリウムを6~45wt%含むものとし、かつ発光管内径が15mmφを越え35mmφ以下のときナトリウムを1~22wt%含むものとすれば、実用可能な発光効率を得ることができる。したがって、このような大内径を有する発光管を使用することによって、大電力用のランプとして、また演色用を向上した一般照明用のランプとして実用化できる金属蒸気放電灯を提供することができるものである。」(第3頁左上欄20行ないし右上欄16行)と記載されている。

上記認定の事実によって明らかなように、第1引例の発明は、従来のものに比して発光効率を低下することなく発光管内径を9mmφ以上とし、これによって大電力用として、また演色性を重視する一般照明用として実用化できる金属蒸気放電灯を提供することを目的とするものであって、発光管内径を9mmφ以上としても、不活性ガス(例えばキセノンガス)の封入圧及び封入金属の組成等を適当に選定すれば、従来のものに比して発光効率が低下しないとの実験結果に基づき、上記特許請求の範囲のとおりの構成を採択したものであって、同引例の発明において、不活性ガスの封入圧を30~300mmHgとしているのは、発光管の内径が9mmφ以上のものであっても発光効率を低下させないものとして選定されているのである。

そして、第1引例には、不活性ガス(キセノンガス)の封入圧と立消電圧とが関連する旨の記載はもとより、これを示唆するところもないのであって、不活性ガスの上記封入圧の数値は発光効率の向上との関連で選定されているにすぎない。

(4)  上記(2)、(3)で述べたとおり、本願発明においてキセノンガスの封入圧を約100torr以上としているのは、所定のランプ電圧に対し所望の立消電圧特性を実現すべく、即ち、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう」にするため、及び高い発光効率を得るために、実験結果に基づき選定されたものであるのに対し、第1引例の発明においてキセノンガスの封入圧を30~300mmHgとしているのは、発光管の内径が9mmφ以上のものでも発光効率を下げないためのものとして選定されているものであるから、本願発明がキセノンガスの封入圧を約100torr以上とし、第1引例の発明がキセノンガスの封入圧を30~300mmHgとしていて、両者はキセノンガスの封入圧を約100torr以上としている部分において一致しているといっても、上記各封入圧値を選定している技術的意義が相違していることは明らかである。

(5)  ところで、審決は、前示のとおりの理由により、本願発明は第1ないし第3引例及び周知例に記載された事項の単なる寄せ集めにすぎず、これらに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められると判断しているので、この点について検討する(但し、第2引例及び第3引例を根拠としてなされた相違点〈1〉及び〈2〉に対する判断については、原告において争っていないので、この点についての検討は省略する。)。

まず、前記(1)のとおり、ランプ電圧130V、立消電圧180Vが電源電圧200V用の水銀ランプの規格値であることは当事者間に争いがなく(審決の理由の要点(4)〈3〉(a))、この事実によれば、ランプ電圧130V、立消電圧180Vという値自体は、200Vの電源電圧で水銀ランプ用の安定器を用いて高圧ナトリウムランプを点灯しようとする場合(高圧ナトリウムランプを水銀ランプ用の安定器を用いて点灯することが周知であることは当事者間に争いがない(審決の理由の要点(4)〈3〉(b))。)の設計条件といってよいであろう。そして、ランプ電圧及び立消電圧はキセノンガスの封入圧にのみ関連するものではなく、甲第8、第9号証に記載されているように、高圧ナトリウムランプのランプ電圧及び立消電圧は、封入金属であるナトリウムアマルガム組成やランプ最冷点の温度等と密接に関連し、キセノンガスの封入圧もランプ電圧等のみに関連するものではなく、発光効率の向上と密接に関連していることは当事者間に争いがない(審決の理由の要点(4)〈3〉(c))。

しかしながら、本願発明は、前述のとおり、キセノンガスを約20torr前後の圧力で封入した従来公知の高圧ナトリウムランプが高い発光効率を有するが、点灯時の再点弧電圧・立消電圧が高いため大形の専用安定器を用いる必要があるなどの難点があったため、ランプ電圧との関連で発光管に封入すべきキセノンガスの封入圧及び発光管の壁面負荷を適当な範囲に選択することによって、再点弧電圧・立消電圧が低く、したがって、高圧水銀灯に用いられるような小形の安定器を用い得る高圧ナトリウムランプを提供することを目的として、実験結果に基づき、高い発光効率を得ると共に、ランプ電圧が約130V以上でも立消電圧が確実に180V以下になるようにするためには、キセノンガスの封入圧を約100torr以上に選定することが望ましいとの認識のもとに、「キセノンガスが約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180以下になるよう約100orr以上のキセノンガス圧力で封入され」と規定したものである。

上記のとおり、本願発明におけるキセノンガスの封入圧値100torr以上というのは、キセノンガスの封入圧を適当な範囲に選定ずることによって、所定のランプ電圧に対し所望の立消電圧特性を実現すべく、キセノンガス封入圧と立消電圧との関係に関する実験結果に基づき、本願発明の発明者により初めて見い出された数値であって、(審決が摘示するように、ランプ電圧や立消電圧及び発光効率の点から単に設計的に導き出されたものではない。)、これにより、「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以上」の条件が達成されているのであるから、審決の理由中の「本願発明におけるキセノンガス封入圧100torr以上、壁面負荷15~30W/cm2の要件で『約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180以下』の条件が達成されるということは、キセノンガス封入圧100torr以上の要件を充足する第1引例に記載されたものを第2引例に記載された自明な管壁負荷の設計値を適用して構成したものが本願発明の上記条件(ランプ電圧等)を達成するものであるということである。」との判断は、本願発明が、キセノンガスの封入圧値を100torr以上に選定している技術的意義を誤認したものといわざるを得ない。

そして、叙上説示したところから明らかなように、本願発明における「キセノンガスが約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以下になるよう約100torr以上のキセノンガス圧力で封入され」という構成は、第1引例によって公知のキセノンガス封入圧100torr以上と、高圧ナトリウムランプに水銀ランプ用安定器を用いる場合の設計条件ともいうべき水銀ランプのランプ電圧等の規格値とを単に組み合わせ、記載したものではないし、第1引例には、キセノンガスの封入圧と立消電圧とが関連する旨の記載及び示唆はなく、本願発明と第1引例の発明においてキセノンガスの封入圧を約100torr以上としている技術的意義は相違しているのであるから、本願発明は第1ないし第3引例及び周知例に記載された事項の単なる寄せ集めにすぎないとして、本願発明の進歩性を否定した審決の判断は誤っているものというべきである。

(6)  被告は、本願明細書の「したがって第4図により、ランプ電圧130Vで立消電圧180Vのときのキセノンガス封入圧は約80torrであるが、キセノンガス封入圧がこの値以上であるならば、立消を生ずることなく高圧水銀灯用安定器にて点灯できる。殊に、ランプ電圧130V 確実に180Vが立消電圧とし、バックアーク現象の発生を少なく抑え、しかも1351m/w近くの高い発光効率を得るためには、前記キセノンガス圧を約100torr以上にすることが望ましい。」(甲第2号証4欄31行ないし40行)との記載を引用して、本願発明において、キセノンガスの封入圧を100torr以上にするのは、高い発光効率を得るためであり(立消えとの関係では80torr以上で足りる。)、第1引例のランプも発光効率向上のために100torr以上のキセノンガス封入圧としているのであるから、この点において両者のキセノンガス封入圧の技術的意義に相違はない旨主張する。

本願明細書の上記記載によれば、本願発明においてキセノンガスの封入圧を約100torr以上としているのは、高い発光効率を得るためでもあり、その点では、キセノンガスの封入圧100torr以上は、本願発明と第1引例の発明において同様の作用効果を奏するものということができる。しかし、本願発明がキセノンガスの封入圧を約100torr以上としているのは、高い発光効率を得ると共に、高圧ナトリウムランプにおいて約130V以上のランプ電圧に対して立消電圧を確実に180V以下に設定できるものとして選定されているのであるから、本願発明と第1引例の発明におけるキセノンガスの封入圧値に技術的意義の相違があることは明らかであって、被告の上記主張は理由がない。

また、被告は、本願発明において、キセノンガス封入圧が少なくとも100torr以上であるならば、立消電圧180V以下でランプ電圧130V以上に設定できる特性を有するものであるということは、キセノンガス封入圧が100torr以上のランプが本来有する特性というべきであって、第1引例のランプもこの特性を有するものであるから、本願発明は、第1引例のランプに基づいて、水銀ランプ用の安定器を用いることを目的として設計されたランプ(このようなランプを得ることは甲第5号証ないし第9号証に照らして容易であるとする。)に対して、本来有する特性を付加した単なる定義付け、もしくは観点を異にしたというものにすぎず、技術的にも作用効果の点でも全く差異はない旨主張する。

しかし、第1引例のランプも、キセノンガスの封入圧を100torr以上にした場合には立消電圧が低下するという特性を有するものであるとしても、問題は、第1引例の発明において、キセノンガスの封入圧値を適当な範囲に選定すれば、所定のランプ電圧に対し所望の立消電圧特性を実現できるということが認識され、それに基づいて上記事項が開示あるいは示唆されているか否かということであって、この点についての認識、そして開示あるいは示唆がなければ、第1引例の発明に基づいて、本願発明のように「約130V以上のランプ電圧に対し立消電圧が180V以上になるよう約100torr以上のキセノンガス圧力で封入され」るという構成を想到することはできないのであり、本願発明の上記構成が第1引例の発明におけるキセノンガスの封入圧値と、水銀ランプのランプ電圧、立消電圧の規格値を単に組み合わせ、記載したものでないことは上記(5)で述べたとおりであるから、被告の上記主張は理由がない。

(7)  以上のとおりであって、原告主張の取消事由は理由があり、審決は違法として取消しを免れない。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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